メッツ大曽根教室
鉄道の旅人 さん
名鉄線の廃線の思い出……谷汲線③
2020年04月21日 21:45
では今回は谷汲線を走っていた電車の走行写真を添付させていただきました(=゚ω゚)ノ
電車の形式はモ750形と言いまして、1928年(昭和3)製でございます。2枚目の写真に車内の写真を添付しました。
この電車、実は我が町を走る名鉄瀬戸線が繁華街栄町に乗り入れる前に名古屋城のお堀を走っていて、お堀の電車と呼ばれていた頃に瀬戸線を走っていたものです。
この時の車体は緑色だったんですよ(^ω^)
栄町に乗り入れる前に電圧が600V→1500Vと昇圧された際に、こちらへと移ってきたのでありました。
そして2001年(平成13)の谷汲線廃線の後は廃車となりました。
この電車は谷汲昆虫館となった元谷汲駅と、名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅から歩いて約5分程のところにある瀬戸蔵ミュージアムに保存されています。
さて黒野ー谷汲間の廃止後は代替バスが走っていたのですが、更に乗客が減少したようで2005年(平成17)に廃止となったのでこの区間は公共交通機関で行くことができなくなりました。
公共交通機関で谷汲まで向かおうとする場合は大垣から樽見鉄道に乗って谷汲口駅で下車して、揖斐川町のコミュニティバスで10分程度かかる行き方と、大垣から養老鉄道に乗って終点の揖斐駅まで行ってから、揖斐川町のコミュニティバスで30分程度かかる行き方があります。
ただしどちらも本数は少ないので行く前には下調べをしておく必要がありますね(=゚ω゚)ノ
名鉄谷汲線は名鉄の路線の中でもっともローカルムードが漂う路線だったような気がします。
そんなローカルムードが漂う谷汲線は大好きな路線でしたので廃止になるという話を聞いた時は大変ショックでしたね。
もっともっと沢山出かけて沢山写真を撮っておけばよかったと思います(・_・)
ではでは、次回は黒野駅で接続していた名鉄揖斐線の話になる予定でございます(=゚ω゚)ノ
電車の形式はモ750形と言いまして、1928年(昭和3)製でございます。2枚目の写真に車内の写真を添付しました。
この電車、実は我が町を走る名鉄瀬戸線が繁華街栄町に乗り入れる前に名古屋城のお堀を走っていて、お堀の電車と呼ばれていた頃に瀬戸線を走っていたものです。
この時の車体は緑色だったんですよ(^ω^)
栄町に乗り入れる前に電圧が600V→1500Vと昇圧された際に、こちらへと移ってきたのでありました。
そして2001年(平成13)の谷汲線廃線の後は廃車となりました。
この電車は谷汲昆虫館となった元谷汲駅と、名鉄瀬戸線尾張瀬戸駅から歩いて約5分程のところにある瀬戸蔵ミュージアムに保存されています。
さて黒野ー谷汲間の廃止後は代替バスが走っていたのですが、更に乗客が減少したようで2005年(平成17)に廃止となったのでこの区間は公共交通機関で行くことができなくなりました。
公共交通機関で谷汲まで向かおうとする場合は大垣から樽見鉄道に乗って谷汲口駅で下車して、揖斐川町のコミュニティバスで10分程度かかる行き方と、大垣から養老鉄道に乗って終点の揖斐駅まで行ってから、揖斐川町のコミュニティバスで30分程度かかる行き方があります。
ただしどちらも本数は少ないので行く前には下調べをしておく必要がありますね(=゚ω゚)ノ
名鉄谷汲線は名鉄の路線の中でもっともローカルムードが漂う路線だったような気がします。
そんなローカルムードが漂う谷汲線は大好きな路線でしたので廃止になるという話を聞いた時は大変ショックでしたね。
もっともっと沢山出かけて沢山写真を撮っておけばよかったと思います(・_・)
ではでは、次回は黒野駅で接続していた名鉄揖斐線の話になる予定でございます(=゚ω゚)ノ
