錦糸町マルイ教室
柳 秀三 さん
3322 思い出せない名
2023年10月03日 12:39

5年ぐらい前の大和ハウスのテレビCMで、“天井が低くて狭いところが好きな男” を演じていた俳優の名前が思い出せない。
数々のテレビドラマで活躍している周知の俳優なはずなのに、名前が出て来ない。
テレビで観るたびに、「あー、こいつなんていうんだっけなー」と思う。
確か、名字が三文字なのである。
でも、長谷川…ではない。
それ以上は思い出せない。
別に知らなくても差しさわりは無いのに、思い出せないと嫌である。
そんなことが起きる度に、「大和ハウス」で検索していた。
俺にとって彼は、なんといっても “天井が低くて狭いところが好きな男” なのだ。
彼は、映画「シン・ゴジラ」にも「シン・ウルトラマン」にも出演している。
近年は、タクシーアプリGOのCMで「お前ならどうする?」と言っている。
それが、竹野内豊である。
調べるたびに、「そだそだ、竹野内豊だ」と思うのだが、いっこうに覚えない。
人の名が出て来ないことは、まあ、よくある。
それはいいです。
誰もがたどり着く到達点のひとつだと思っている。
そんなに異常なことではない。
いいです。
でも、なんだろう。
特定の人物だけ覚えないのはどういうこと?
別に、竹野内豊が嫌いなわけではない。
という俳優がもうひとりいる。
長澤まさみである。
彼女もいろんな作品に出ている。
でも、俺のなかでは、映画「海街diary」の幸田家の次女佳乃。
にもかかわらず、長澤まさみの名が出て来ないことがある。
そんなときは、“がっさわー” で、長澤まさみの名を思い出すのである。
“がっさわー” はネット情報によると、長澤まさみの愛称なのだそうである。
「ながさわ」なので「がっさわー」なのだろう。
新垣結衣が “ガッキー” なのと同じだね。
“がっさわー” は覚えてしまった、忘れない。
なので、長澤まさみの名を思い出せなくても、調べなくても、わかる。
“天井が低くて狭いところが好きな男” として竹野内豊を記憶している。
“がっさわー” というワードで長澤まさみを記憶している。
ま、そういうことって、あるよね?
柳 秀三
数々のテレビドラマで活躍している周知の俳優なはずなのに、名前が出て来ない。
テレビで観るたびに、「あー、こいつなんていうんだっけなー」と思う。
確か、名字が三文字なのである。
でも、長谷川…ではない。
それ以上は思い出せない。
別に知らなくても差しさわりは無いのに、思い出せないと嫌である。
そんなことが起きる度に、「大和ハウス」で検索していた。
俺にとって彼は、なんといっても “天井が低くて狭いところが好きな男” なのだ。
彼は、映画「シン・ゴジラ」にも「シン・ウルトラマン」にも出演している。
近年は、タクシーアプリGOのCMで「お前ならどうする?」と言っている。
それが、竹野内豊である。
調べるたびに、「そだそだ、竹野内豊だ」と思うのだが、いっこうに覚えない。
人の名が出て来ないことは、まあ、よくある。
それはいいです。
誰もがたどり着く到達点のひとつだと思っている。
そんなに異常なことではない。
いいです。
でも、なんだろう。
特定の人物だけ覚えないのはどういうこと?
別に、竹野内豊が嫌いなわけではない。
という俳優がもうひとりいる。
長澤まさみである。
彼女もいろんな作品に出ている。
でも、俺のなかでは、映画「海街diary」の幸田家の次女佳乃。
にもかかわらず、長澤まさみの名が出て来ないことがある。
そんなときは、“がっさわー” で、長澤まさみの名を思い出すのである。
“がっさわー” はネット情報によると、長澤まさみの愛称なのだそうである。
「ながさわ」なので「がっさわー」なのだろう。
新垣結衣が “ガッキー” なのと同じだね。
“がっさわー” は覚えてしまった、忘れない。
なので、長澤まさみの名を思い出せなくても、調べなくても、わかる。
“天井が低くて狭いところが好きな男” として竹野内豊を記憶している。
“がっさわー” というワードで長澤まさみを記憶している。
ま、そういうことって、あるよね?
柳 秀三
KAIさん
両親がともに東北出身で、結婚してすぐに東京に出てきました。
母親の姉弟も東京に出てきていましたが、すぐ近くに住んではいませんでした。
やがて、親子三人は千葉県に引っ越しました。
我孫子市という、ド田舎ではないけれど、どうにもあか抜けないところでした。
俺は小学生で預けられることもなく、いわゆる「かぎっ子」でした。
でも、出かけるときに家に鍵をかけることもなかったですね。
家に帰ってくると近所の子と遊んでいました。
そんな、時代と地域で育ちました。
だから、大人になってから学童保育を知って驚きました。
あー、そういうのが必要な時代なのねーと思いました。
柳 秀三
両親がともに東北出身で、結婚してすぐに東京に出てきました。
母親の姉弟も東京に出てきていましたが、すぐ近くに住んではいませんでした。
やがて、親子三人は千葉県に引っ越しました。
我孫子市という、ド田舎ではないけれど、どうにもあか抜けないところでした。
俺は小学生で預けられることもなく、いわゆる「かぎっ子」でした。
でも、出かけるときに家に鍵をかけることもなかったですね。
家に帰ってくると近所の子と遊んでいました。
そんな、時代と地域で育ちました。
だから、大人になってから学童保育を知って驚きました。
あー、そういうのが必要な時代なのねーと思いました。
柳 秀三
柳 秀三さん 返コメ有難うございます
KAIの小学生時代が2~30年前?
それにYES!と言ったらサバの読みすぎ☆笑
「今で言う所の」学童保育
と書けば「?」とはならなかったですね、反省。
今で言う所の学童保育って
KAIが小学生の頃は 余り必要なかったので
専門の学童保育は無かったかも知れません。
当時の日本の人口ピラミッドは釣鐘型だったから
子供は多かったけれど
親と同居やスープの冷めない距離が
理想とされていたので
両親の親や親戚が
子供の面倒を分担し合っていた時代♪
だからそれが学童保育代わり。
昔はそれが珍しくありませんでした。
半世紀ほど前の話ですが
柳様☆の時も同じでしたか?
KAIの小学生時代が2~30年前?
それにYES!と言ったらサバの読みすぎ☆笑
「今で言う所の」学童保育
と書けば「?」とはならなかったですね、反省。
今で言う所の学童保育って
KAIが小学生の頃は 余り必要なかったので
専門の学童保育は無かったかも知れません。
当時の日本の人口ピラミッドは釣鐘型だったから
子供は多かったけれど
親と同居やスープの冷めない距離が
理想とされていたので
両親の親や親戚が
子供の面倒を分担し合っていた時代♪
だからそれが学童保育代わり。
昔はそれが珍しくありませんでした。
半世紀ほど前の話ですが
柳様☆の時も同じでしたか?
KAIさん
学童保育代わりの親せきの家に、ヘルメットとトンカチとストーブがあったのですね?
そこはそれでいいんですが…
俺が「学童保育」を知ったのは、2002年に始めたメールマガジンでのネット仲間のひとり(女性・大阪)が学童保育の先生をやっていたからです。
「あー、いまはそういうのがあるんだ」
そう思いました。
20年ぐらい前のことですね。
学童保育には行っていなかったけれど、学童保育というものがあって、その学童保育の代わりの親せきだったのか。
いまにして思えば、親せきに預けられていたのは学童保育の代わりだったのか。
前者であれば、小学校時代が2~30年前?
柳 秀三
学童保育代わりの親せきの家に、ヘルメットとトンカチとストーブがあったのですね?
そこはそれでいいんですが…
俺が「学童保育」を知ったのは、2002年に始めたメールマガジンでのネット仲間のひとり(女性・大阪)が学童保育の先生をやっていたからです。
「あー、いまはそういうのがあるんだ」
そう思いました。
20年ぐらい前のことですね。
学童保育には行っていなかったけれど、学童保育というものがあって、その学童保育の代わりの親せきだったのか。
いまにして思えば、親せきに預けられていたのは学童保育の代わりだったのか。
前者であれば、小学校時代が2~30年前?
柳 秀三
柳様☆
覚えている人の名前が実際の名前とは別!
そう言う事ってありますよね、確かに☆
人じゃありませんがKAIも有ります
子供の頃ヘルメットをトンカチで覚えてました
勿論トンカチじゃ無いのは分かってました。笑
覚え方は「トンカチ!じゃ無いヤツ」
そして
ストーブを見ると何故かヘルメットの映像が浮かぶ☆
当時 放課後に学童保育代わりで預けられていた
親戚の家にこの三つが揃っていたので
今思えばそれが原因!笑
当時は「トンカチ?
トンカチ!じゃ無いヤツ?‥‥じゃなくてストーブ!」
実害が有る訳じゃ無いので放っといたら
いつの間にか どれも普通の名前になってました
ちょっとだけ残念です。笑
覚えている人の名前が実際の名前とは別!
そう言う事ってありますよね、確かに☆
人じゃありませんがKAIも有ります
子供の頃ヘルメットをトンカチで覚えてました
勿論トンカチじゃ無いのは分かってました。笑
覚え方は「トンカチ!じゃ無いヤツ」
そして
ストーブを見ると何故かヘルメットの映像が浮かぶ☆
当時 放課後に学童保育代わりで預けられていた
親戚の家にこの三つが揃っていたので
今思えばそれが原因!笑
当時は「トンカチ?
トンカチ!じゃ無いヤツ?‥‥じゃなくてストーブ!」
実害が有る訳じゃ無いので放っといたら
いつの間にか どれも普通の名前になってました
ちょっとだけ残念です。笑
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