錦糸町マルイ教室
柳 秀三 さん
1469 日本人の慢心
2020年05月29日 11:38

東京新聞 社説・コラム 筆洗
2020年5月28日 08時00分
米国出身の日本文学者、ドナルド・キーンさんは日本人からたびたび同じ質問を受けたそうだ。「あなたは俳句を理解できますか」
俳句に精通するキーンさんだが、二種類の回答を用意していた。一つは「無理ですね。日本で生まれていなければ、俳句を理解できるはずはありません」。こう答えると聞いた人はうれしそうに「そうでしょうね」と相づちを打つそうだ。
もう一つの答えは「もちろんです。俳句なんてそれほど理解しにくいものではありません」。この答えだと「興ざめた顔をして、話題を変える」という。外国人には理解できない。それが日本人にはうれしいらしい。
国際社会で日本の新型コロナ対策の評判が上がっているそうだ。日本は、外国人には「理解できない方法」によってコロナ対策に成功したのではないか。そう持ち上げられて満足そうに相づちを打つ日本人の顔がつい浮かぶ。
検査体制は不十分。強制力を伴う都市封鎖もできないのに感染者数を抑制できたのが、奇妙に見えるらしい。独自のやり方が評価されていると聞けば悪い気はしない。「不思議」と言われることも日本人の心をくすぐるが、調子には乗るまい。
検査体制、医療体制が対応しきれなかった事実に変わりはない。ましてや、その褒め言葉に日本人はコロナに強いのかもと過信すれば、次の闘いで苦戦するのは何の不思議もない。
昨日の「カキっ放し!!」の「特別の国 日本」で、日本は特別なんだ、そう思ったらこの先、ウイルスとの戦いで、日本は苦労するということを、やはりウェブの記事を引用して書いた。
そして今日、ウェブで、ドナルド・キーンさんを引き合いに出した、この昨日の東京新聞の社説を読んだ。
日本人の心の奥底に薄く流れてしまっている、慢心みたいなものがあるんじゃないだろうか。
そういうモヤモヤした俺の思いを、この社説は代弁してくれたような気がした。
だから、しつこくも、載せた。
見当はずれだろうか。
ところで、「日本人の慢心」という、ブログの記事タイトルは俺が付けたもので、東京新聞の社説のタイトルではない。
柳 秀三
2020年5月28日 08時00分
米国出身の日本文学者、ドナルド・キーンさんは日本人からたびたび同じ質問を受けたそうだ。「あなたは俳句を理解できますか」
俳句に精通するキーンさんだが、二種類の回答を用意していた。一つは「無理ですね。日本で生まれていなければ、俳句を理解できるはずはありません」。こう答えると聞いた人はうれしそうに「そうでしょうね」と相づちを打つそうだ。
もう一つの答えは「もちろんです。俳句なんてそれほど理解しにくいものではありません」。この答えだと「興ざめた顔をして、話題を変える」という。外国人には理解できない。それが日本人にはうれしいらしい。
国際社会で日本の新型コロナ対策の評判が上がっているそうだ。日本は、外国人には「理解できない方法」によってコロナ対策に成功したのではないか。そう持ち上げられて満足そうに相づちを打つ日本人の顔がつい浮かぶ。
検査体制は不十分。強制力を伴う都市封鎖もできないのに感染者数を抑制できたのが、奇妙に見えるらしい。独自のやり方が評価されていると聞けば悪い気はしない。「不思議」と言われることも日本人の心をくすぐるが、調子には乗るまい。
検査体制、医療体制が対応しきれなかった事実に変わりはない。ましてや、その褒め言葉に日本人はコロナに強いのかもと過信すれば、次の闘いで苦戦するのは何の不思議もない。
昨日の「カキっ放し!!」の「特別の国 日本」で、日本は特別なんだ、そう思ったらこの先、ウイルスとの戦いで、日本は苦労するということを、やはりウェブの記事を引用して書いた。
そして今日、ウェブで、ドナルド・キーンさんを引き合いに出した、この昨日の東京新聞の社説を読んだ。
日本人の心の奥底に薄く流れてしまっている、慢心みたいなものがあるんじゃないだろうか。
そういうモヤモヤした俺の思いを、この社説は代弁してくれたような気がした。
だから、しつこくも、載せた。
見当はずれだろうか。
ところで、「日本人の慢心」という、ブログの記事タイトルは俺が付けたもので、東京新聞の社説のタイトルではない。
柳 秀三
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