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”旅をするなら、鉄道がいい(^^♪”

 メッツ大曽根教室  鉄道の旅人 さん

名鉄名古屋駅の話の次は名鉄豊橋駅の話

 2019年11月29日 23:37
前のブログで名鉄名古屋駅の話をしましたが、東のターミナルである名鉄豊橋駅もある意味変わっているので話をしておきましょう。

名鉄豊橋駅はJRと接続する東のターミナル駅なのですが、なんとこの駅はJR豊橋駅に間借りする形になっています。
JR豊橋駅の改札口から入って3番線が名鉄のホームとなっておりまして、要するに一本だけなのであります(=゚ω゚)ノ
1番線と2番線は飯田線の発着ホームでして、途中の平井信号場というところまではJR飯田線と名鉄線が共有しているのです。
名鉄は一本だけのホームなので1時間当たりの乗り入れ本数は6本が限界で乗り入れる電車は全て特急と急行となり、普通電車は一つ先の伊奈という駅が始発となります。

何故こんな形になっているのか……
先ず豊橋から長野県の辰野まで延びる飯田線は元々は私鉄会社の集合体で、その会社の一つである豊川鉄道が1897年(明治30)に豊橋まで乗り入れてきました。
その後名鉄の前身である愛知電気鉄道は1926年(大正15)にあと豊橋まで4.4kmの豊川鉄道の小坂井駅まで乗り入れました。豊橋までの乗り入れを計画しますけど、そのためには幅の広い川を渡るために工事費がかさむという問題があったとのこと。
そこで愛知電気鉄道は豊川鉄道と協議をして、単線だった豊川鉄道の路線に並行して単線の線路を建設して複線化し、2社共同で複線として使うということとなりました。
そして1927年(昭和2)に愛知電気鉄道の豊橋乗り入れと線路の共同使用が始まりました。
その後豊川鉄道は国有化されて国鉄となり現在はJR飯田線で、愛知電気鉄道は周辺の私鉄と合併して名鉄となりました。そしてその頃の協定が今でも続いているというわけです( ..)φ
ちなみに下り線をJR東海、上り線を名鉄が所有しているらしいです。

こんな歴史があって、現在の形になっていたとは驚きです、JRはもう一本貸してあげればいいのにと思うのは僕だけでしょうか(;^ω^)


現状でも仲良くやっていれば問題はないかもしれませんが、名鉄は独立した駅を作ることを計画したほうが良い気がします。
(そのあたりは色々と複雑な絡みがあって今まで実行できなかったかもしれませんね(;^ω^))
※なお今回の写真も全てネットから拝借させていただきました。
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