錦糸町マルイ教室
柳 秀三 さん
0901 三つの電話①
2019年06月15日 16:11
イデカフェ イオン鎌ヶ谷店のレジで、クィックペイ決済のため、携帯電話をリーダーにかざそうとすると、音声通話の着信音が鳴った。
まったく、間の悪い時に・・・。
なぜか間の悪い時に電話をかけてくるのは、わかっている。
もと同僚のトラックドライバー鈴木さんである。
「おう、あのラーメン屋、無くなっちゃったぞ!いま通ったら壊している!」
あのラーメン屋とは、俺のネット仲間が店主をしている、東京都葛飾区堀切にあるラーメン屋さんである。
2002年に東京のタクシー会社でドライバーをしていた俺は、携帯電話で発行できるメールマガジンと出逢い、自らも発行者となり、メルマガ発行の虜となった。
柳 秀三とは、そのころのハンドルネームである。
同じく発行者であったラーメン屋の店主ヨシとは、他の発行者と彼の店に訪れたときに初めて会った。
彼と俺は同じ年生まれだった。
いらい、何度も訪れ、餃子・チューシュー・油そばをつまみに、ビール・チューハイを飲んで楽しく酔っ払い、また最後にラーメンを食べた。
ラーメンはもちろん美味く、そして餃子とメンマが美味い。
ヨシの人柄もあり、同じメルマガ発行者が入れ代わり立ち代わり集うようになり、週末の夕方に行けば、誰かしら発行者がいるような状態だった。
彼自身の店で大勢の発行者が集まり、かつ関係のない一般客もいるわけで、気の抜けない状況であるにもかかわらず、俺たちを上手いことあしらってくれた。
このラーメン屋という拠点があったがため、首都圏の発行者は、顔を合わせることができ、ここは我々の聖地と言える。
気の抜けない彼のために、ラーメン屋とは別にオフ会を開催しようと決め、渋谷道玄坂の貸し切りのできるお店を探した。
夏に開いて好評だったので、忘年会も開き、その年二回の開催は4~5年続いたろうか。
時は流れ、ネット仲間それぞれにも事情があり、いつしか当時の熱気は退いていき、ラーメン屋に集まることも無くなり、きっかけとなったメルマガサイトも閉鎖された。
ラーメン屋は営業していて、お客さんはもちろんいるが、ラーメン屋の入っているマンションがオーナーから不動産屋に売られ、老朽化を理由に取り壊し・立て替えが決められた。
つづく
柳 秀三
まったく、間の悪い時に・・・。
なぜか間の悪い時に電話をかけてくるのは、わかっている。
もと同僚のトラックドライバー鈴木さんである。
「おう、あのラーメン屋、無くなっちゃったぞ!いま通ったら壊している!」
あのラーメン屋とは、俺のネット仲間が店主をしている、東京都葛飾区堀切にあるラーメン屋さんである。
2002年に東京のタクシー会社でドライバーをしていた俺は、携帯電話で発行できるメールマガジンと出逢い、自らも発行者となり、メルマガ発行の虜となった。
柳 秀三とは、そのころのハンドルネームである。
同じく発行者であったラーメン屋の店主ヨシとは、他の発行者と彼の店に訪れたときに初めて会った。
彼と俺は同じ年生まれだった。
いらい、何度も訪れ、餃子・チューシュー・油そばをつまみに、ビール・チューハイを飲んで楽しく酔っ払い、また最後にラーメンを食べた。
ラーメンはもちろん美味く、そして餃子とメンマが美味い。
ヨシの人柄もあり、同じメルマガ発行者が入れ代わり立ち代わり集うようになり、週末の夕方に行けば、誰かしら発行者がいるような状態だった。
彼自身の店で大勢の発行者が集まり、かつ関係のない一般客もいるわけで、気の抜けない状況であるにもかかわらず、俺たちを上手いことあしらってくれた。
このラーメン屋という拠点があったがため、首都圏の発行者は、顔を合わせることができ、ここは我々の聖地と言える。
気の抜けない彼のために、ラーメン屋とは別にオフ会を開催しようと決め、渋谷道玄坂の貸し切りのできるお店を探した。
夏に開いて好評だったので、忘年会も開き、その年二回の開催は4~5年続いたろうか。
時は流れ、ネット仲間それぞれにも事情があり、いつしか当時の熱気は退いていき、ラーメン屋に集まることも無くなり、きっかけとなったメルマガサイトも閉鎖された。
ラーメン屋は営業していて、お客さんはもちろんいるが、ラーメン屋の入っているマンションがオーナーから不動産屋に売られ、老朽化を理由に取り壊し・立て替えが決められた。
つづく
柳 秀三
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