「鉄道の旅人」さんのブログ一覧
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2021年01月05日 22:25 コメント 16 件 2021年のカレンダー作品を披露…その②
では本日2本目のブログです、カレンダー作品の7月~12月を披露させていただきます(=゚ω゚)ノ 1枚目…7月と8月ですが、2001/7/30~2001/8/5までの1週間国鉄時代以来26年ぶりにSLが走りました。それにちなんで、ふるさと銀河線を走るSLの絵葉書をスキャンして使ってみました。関連グッズも販売されて、そのうちの一つで木のパーツを組み立てて作るSLもあって購入したことがあります。 8月にその写真がありますが、この写真だけが僕のオリジナル写真となります(;^ω^) 2枚目…9月は置戸ー陸別間にある「川上」という駅です。この駅は秘境駅として名の知れたところでゴザイマス。この区間は6往復あるのですが、そのうち3.5往復が停車します。元々の列車の本数は多い方ではないですが、停車する列車が更に少なくなっていて到達難易度の高い駅です。 10月は絵葉書の中から秋を感じさせるものを選んでスキャンして使ってみました。 3枚目…11月は置戸駅の写真を集めてみました。上の2枚は国鉄時代からの木造駅舎で1996(平成8)年に一番下にある写真の2階建てで「おけとコミュニティホールぽっぽ」という施設が併設された駅舎となりました。林業が昔から盛んで、それを生かして「オケクラフト」という木を使った食器等の生産が有名です。(ちなみに「オケクラフト」の写真はネットからです) 僕はこの名称は「オケトクラフト」だと思っていましたが、正しくは「オケクラフト」みたいですね。 12月ですが、自分が撮影した写真で冬っぽいものを選んでつくってみました。 以上、ブログ2本使って僕がイベントで作成したカレンダーを紹介させていただきました(#^^#) また来年のカレンダーのネタを集めないとなりませぬな。 僕にとって思い出深い北海道の廃止路線の話をさせていただいたので、次回のブログから数回使ってふるさと銀河線の話をもう少しさせていただくことにします(=゚ω゚)ノ
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2021年01月05日 22:24 コメント 4 件 2021年のカレンダー作品を披露…その①
では昨年の11月に教室イベントで作成した僕の2021年カレンダー作品を2本立てのブログで披露させていただきます、先ずは前半の1月~6月です。 その前に、題材となったちほく高原鉄道ふるさと銀河線について簡単にご説明しましょう(=゚ω゚)ノ 道央の帯広の隣町で十勝ワインで有名な池田から北上し、本別町、足寄町、陸別町、置戸町、訓子府町を結んでオホーツク海側の北見市を結ぶ営業距離140km、駅が全部で33駅ある路線でした。元々は国鉄池北線といいまして1910(明治43)年に池田から陸別まで開業し、1911(明治44年)に北見まで開業しました。1989(平成元年)にJRから第三セクター化されてちほく高原鉄道となって開業しました。 しかし2006(平成18)年に廃止となっています( ;∀;) それでは写真の紹介です(=゚ω゚)ノ 1枚目…1月はふるさと銀河線の駅を並べました。夜空がきれいに見える地域であることから星に関連した取り組みをしていたことにちなみ夜空をバックにしてみました。これも表紙と同じように星座の形に出来なかったのが少し悔やむところデス。 2月は陸別駅です。陸別町は日本一しばれる町をウリとしており、2月にその寒さを逆手に取って「しばれフェスティバル」という盛大なイベントが開催されます。それで陸別関係の写真を2月にしてみました。ちなみに一番上の花火の写真はネットからで、上から2番目の写真は絵葉書からです。-30℃近くにになる夜をかまくらの中で一晩過ごす極寒体験というのも行われます。 2枚目…3月はちほく高原鉄道の本社と北見駅に停車中の車両です。ホームはJR北見駅内にあって改札も同じでした。 4月は絵葉書の中から春っぽい写真をスキャンして作ってみました。 3枚目…5月は上が広郷という無人駅で列車が去っていくところで、下が池田駅近くの公園からの撮影です。 6月は足寄駅のものをメインに並べてみました。一番上の駅舎は国鉄時代の足寄駅でふるさと銀河線となって塔の様なものが立つ新しい駅舎になりました。足寄と言えばラワンフキと松山千春さんですね、この足寄駅の一角に松山千春コーナーがあってラワンフキを持った松山千春さんのパネルと一緒に記念写真を撮ることが出来ます。 ではその➁(6月~12月)に続きます(=゚ω゚)ノ
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2021年01月01日 20:45 コメント 19 件 新年の挨拶をさせていただきます。
皆様、新年明けましておめでとうございます<m(__)m> 今年はいつもの更新曜日と元旦が重なったので、早速新年の挨拶をさせていただきます。 昨年は3回目のブログマスターに選ばれて、殿堂入りをすることができました。そして今まで真剣に狙って入賞を果たせなかったデジカメ写真コンテストに入賞することができました。 今年からは、ブログマスターの対象者から外されるわけですが今まで通り火曜と金曜の週2回のブログ更新は続けるつもりでいます。 内容もこれまで通り鉄道や旅行を意識したブログを書いていきます。デジカメ写真コンテスト、今年も入賞を目指したいですね(=゚ω゚)ノ 昨年はめでたくなる年になるようにと願いを込めて和歌山にある南海電鉄加太線を走る「めでたいでんしゃ」を題材に年賀状を作成してブログの写真に添付しましたね。 今年は丑年ということで、東急電鉄のこどもの国線(長津田ーこどもの国間3.4km)を走る電車の中で牛のラッピングを施した電車があるのでそれを題材に年賀状を作成して添付して見ました(=゚ω゚)ノ (残念なことに自前の写真ではなくネットから拝借したものです(;^ω^)) 牛のラッピング電車を登場させたのはこどもの国という施設の中に牧場もあったことから思いついたみたいですね。車内も牧場風のラッピングが施されてオリマス♪ この電車は2020年3月までの運行予定が好評だったことで運行が継続されているんです。ちなみにひつじのラッピングを施した「ひつじでんしゃ」も走ってマス。 では次回のブログでは以前から取り上げていた通り、僕が教室イベントで作成した2021年カレンダーを披露させていただきます。 今回のカレンダーの題材は北海道に住んでいた時によく乗りに行っていた第三セクターのちほく高原鉄道ふるさと銀河線です。 この路線は2006(平成18)年4月に廃止されているので現在は存在していない路線です。当時僕が撮影したフィルム写真や販売していた絵葉書、そしてネットからも少々写真を拝借して作成しました。3枚目にそのカレンダーの表紙だけを添付させていただきました。 今年はコロナが収束することを祈りたいものです。 ではでは、皆様本年もよろしくお付き合いをしてくださいませ<m(__)m>
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2020年12月29日 21:01 コメント 15 件 それでは、飯田線について(=゚ω゚)ノ
飯田線は愛知県豊橋市の豊橋駅と長野県上伊那郡辰野町の辰野駅を結ぶ路線距離195.7㎞あるJR東海の路線になります。 駅の数が起点の豊橋と終点の辰野を含めると94駅あります。終点の辰野駅はJR東日本の駅で、それ以外はJR東海の駅です。 豊橋ー飯田間に特急「ワイドビュー伊那路」号が2往復、飯田ー長野間に快速「みすず」号が一往復以外は普通電車となります。中には豊橋から辰野までの直通の普通電車が3往復程アリマス(=゚ω゚)ノ 飯田線の前身は私鉄4社がそれぞれ独自で建設したものが繋がったものでして、最初は豊橋から始まりました。 1896(明治29)年に豊川稲荷への参拝客の輸送目的で豊川鉄道が設立されて1900(明治33)年に吉田(現豊橋)ー長篠(現大海)が開通、その後豊川鉄道の子会社である鳳来寺鉄道により1923(大正12)年三河川合まで開通しました。 長野県側は木曽谷との中央本線誘致に失敗した伊那谷の有志が集まって伊那電気軌道を設立し、1909(明治42)年辰野ー伊那松島間を開通させました。その後は小刻みに開業を重ねて1923(大正12)年に飯田まで開通、そして1927(昭和2)年に天竜峡まで開通しました。 残りの三河川合ー天竜峡は1927(昭和2)年に豊橋市が中心となり三信鉄道が設立され、1937(昭和12)年に開業して豊橋ー辰野間が一本につながったワケです。 それから1943(昭和18)年に国鉄がこれらの私鉄4社を買収して国鉄飯田線が誕生、1987(昭和62)年の国鉄民営化後はJR東海が引き継いで現在に至ります(=゚ω゚)ノ 飯田線で思い出すのが秘境駅です。 2枚目と3枚目の写真に飯田線の全駅名と秘境駅と呼ばれる駅に印をつけて、その中で行ったことがある秘境駅の写真を添付してみました。 「秘境駅」の明確な定義はないのですが、提唱者である牛山隆信氏が秘境度、雰囲気度、列車到達難易度、外部到達難易度、鉄道資産指数をポイントにして総合評価によってランキングを毎年出しているのでそのランキングに入っている駅を記載してみました。ですので人によって感じ方が異なると思います、僕もあの駅はとても秘境感あるけどランキングに入ってないんだたぁと思うものもありました。 では2020年の僕のブログは本日で終わりです。 皆様良いお年をお迎えください<m(__)m>
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2020年12月25日 21:25 コメント 9 件 秘境駅⑳
さて今回訪れた飯田線の3ヵ所の秘境駅の3ヵ所目でございます。 本日は「金野(きんの)駅」です、駅名看板を触ると金運が授かるという話もあるみたい(=゚ω゚)ノ 金野駅は1932(昭和7)年に開業した駅です。駅の場所は飯田市千栄という所にありますが、駅名の由来となった金野は駅を降りて米川を渡ったエリアの事をいいます。 泰阜村となる金野集落はこの金野駅からは3.5㎞ほどあって、歩いて1時間程かかるとのこと。当初は金野の集落の要望で駅が出来たらしく、集落から駅までの道を銀座通りと言われたらしいです。 金野駅は1面1線のホームで駅舎は無く、駅前がチョットした広場となっていて周辺には民家は一切ございません。飯田線にある秘境駅としては珍しく(?)駅前まで車で来ることができます。 米川橋までくると水の流れる音が聞こえてきます、この周辺も紅葉真っ盛りの時期に訪問すると見応えがあるところのように思えます。 この駅も秘境感満載なのですが、2011年に金野駅から集落に向かう道を歩いて20分のところにIターンでやってきた夫婦が「ジジ王国」と名付けたレストラン&宿泊施設をオープンさせて運営していました。 これは確か所ジョージさんの番組で紹介していた記憶があります。ところが現在は旦那さんが亡くなって休業しているらしいという情報があって気になっていました。 歩いて片道20分程だし、次の電車までかなり余裕があったので建物だけでも拝んでみようと見に行きました。車が一台やっと通ることが出来る山道を歩くこと20分程、無事ジジ王国の建物に辿り着きましたけど、人の気配は全くありませんでした。 大自然の中の魅力的な宿泊施設という感じなので、いつか再開することをのぞみたいものですね(._.) ではこれにて、今回訪れた飯田線の3つの秘境駅の話は終わりです。飯田線にはまだまだ魅力的な秘境駅があります(●´ω`●) 次回は2020年の締めのブログになりますね、飯田線の駅の話をしたので今度は飯田線そのものの話をしてみるつもりでいます(=゚ω゚)ノ
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2020年12月22日 21:53 コメント 14 件 秘境駅⑲
ではでは、前回に引き続き飯田線の秘境駅の話でゴザイマス(=゚ω゚)ノ 今回は為栗駅です、これは「してぐり」と読みます、豊橋駅から普通電車で約3時間程度かかります。 秘境駅として有名ですが、難読駅名としても有名ですね。 為栗駅は1936(昭和11)年8月に開業した駅です。珍しいこの名前の由来は「為(して)」は水を意味する「湿(しと)」が変化したもので、「栗(くり)」は「刳(えぐる)」に由来します。 つまり「水にえぐられた場所」となり、「水」は天竜川のことなので「天竜川によってえぐられた場所」ということになります。( ..)φ 駅の開業時には為栗という集落が存在していたのですが、戦後の1952(昭和27)年にこの駅の下流に平岡ダムが完成したために為栗の集落は沈んでしまって、今では駅付近に民家が一軒のみという状況になっております。 目の前を天竜川が流れておりまして、対岸に行くには駅から見える「天竜橋」という吊り橋を渡っていかなくてはなりません。 他に道は無いので車ではこの駅に行くことはできないわけです。吊り橋の近くに駐車スペースがあったのでそこまでは行くことができます。 近くに「信濃恋し」という天竜川の流れによってできた景勝地があるそうです。天竜川の急流が岸壁とぶつかり合って川の流れを一旦上流に押し戻すようにえぐられた場所なんです。 海上交通が盛んな昔信濃の国から天竜川を下って、この為栗の地に入った時に一旦戻る様子が「信濃の国が恋しい」と戻っていく形になることから「信濃恋し」と呼ばれるようになったとか(=゚ω゚)ノ 前回の千代駅は春に行きたいなぁと言いましたけど、この為栗駅は秋が良いですね~♪ 訪問の時期が11月終わりだったので紅葉が終わりかけでしたが、真っ盛りの時期にくれば眺めながら散策するだけで時が過ぎるのを忘れてしまうのではないでしょうか(●´ω`●) 天竜橋という吊り橋から駅の全景を見ることができ、通過する 特急電車を撮影することが出来ました♪ あとは新緑の季節もいいかもしれませんね(●´ω`●) 今度訪問出来た時は「信濃恋し」まで足を運んでみたいものです(^ω^)
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2020年12月18日 21:34 コメント 17 件 秘境駅⑱
秘境駅とは… 自然以外は何も無い山奥や原野にあって人家や人の気配を感じさせないような駅のことをそう呼んでいます。 この「秘境駅」という言葉は鉄道ファンである牛山隆信さんという方が、「秘境駅へ行こう」という本を出してから使われるようになりましたね。 さて、このテーマで僕がブログを書くのは今回で18回目で、2018年2月6日にアップした三重県にあるJR名松線伊勢鎌倉駅の記事以来の約2年10ヶ月ぶりになります。 久々でしたので、改めて「秘境駅」という言葉を説明してみました(#^^#) 今回は11月下旬に久々に添乗員の仕事をしたのですが、それは長野県飯田から彦根までの日帰りバスツアーでした。その時飯田で一日お休みがあったので飯田線の秘境駅を3ヶ所訪れることができました。 その秘境駅たちを本日から3回にわたって紹介いたします(=゚ω゚)ノ 今回の写真は千代駅でゴザイマス。 豊橋からは普通電車で揺られること約3時間半ほど、天竜峡駅の一つ手前の駅です。開業したのは1932(昭和7)年になります。 「千代」という名前が縁起が良いということで人気があるようですね。 1面1線のホームに引き込み線が見えますが、これは1953(昭和28)年~1966(昭和41)年までそばを流れる天竜川での砂利を運搬するためにつかわれたものなのだそうです。 ホームを豊橋側に歩いて行くと沢が流れております。そして飯田側に歩いて行くと一軒の民家がありました。30分程さらに歩くと幾つかの集落があるようです。 そして線路を挟んだ向かい側に畑があり、大きな木があったので見てみると桜のようで花が幾つか咲いていました。 この駅は春になってからお昼時にお弁当持参で来て待合室に座って景色を眺めながら過ごしてみると良さそうだなと思いましたね~、長閑な風景でゴザイマス(●´ω`●)
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2020年12月15日 21:07 コメント 15 件 尾張旭Xmasキャンドルナイト2020
先週土曜日の12/12に第9回あさひ冬フェスタのメインイベントと言うべき「Xmasキャンドルナイト」が尾張旭駅前にて開催されました。 既に9回目となるので、もう尾張旭の冬の風物詩といっても過言ではないかもしれません(^^♪ ですが、今年はコロナ禍という状況… 冬になって感染者が増加するという傾向になっています(;^ω^) なので今年はエリアが区切られ入口が三ヵ所設けられて、その入口で検温と名前と電話番号を用紙に書いてリストバンドをもらうという形で開催されていました。 会場にステージが設けられて色々なイベントが行われる中、進行役の方は「蜜にならないように、ソーシャルディスタンスを保ってください!」とステージ上のイベントの合間に呼び掛けておりましたね(・_・) 僕が行ったのは17時近くからで、16時からセレモニー等が始まっていました。 ステージでは地元のダンススクールのストリートダンスが行われていましたね。そのあと「森羅特装修羅場スター」という尾張旭市のご当地ヒーローショーが開催されていましたけど、そこでも「コロナ禍」をテーマにストーリーが繰り広げられたという… そして会場には市内の保育園の子供たちが描いたホルダーに入ったキャンドルが約400本飾られていました。(2枚目の写真に注目してください(=゚ω゚)ノ) そして12/1(火)から来年の1/28(木)まで三郷駅を除く名鉄瀬戸線の尾張旭市内の駅3ヶ所で駅前イルミネーションが開催されていて、利用者の目を楽しませてくれます(3枚目の写真(=゚ω゚)ノ) 今年のキャンドルナイトは開催されないのではという気がしていたので、開催されて良かったです。 来年はコロナ禍が気になることなく開催されることを望みたいものです(・_・)
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2020年12月11日 21:06 コメント 10 件 尾張旭市制50周年と名鉄がコラボしてた♪
田んぼイルミネーションの話の時に尾張旭は市制50周年を迎えたという話をしていますが、今回の話は名鉄も尾張旭市制50周年を祝ってくれたんだなぁという話です(=゚ω゚)ノ 名鉄では11/23に尾張旭駅で記念の出発式が10:52発車の普通栄町行き電車により開催されました(1枚目の写真)。 電車には記念のヘッドマークが貼られていまして、この記念のヘッドマーク付きの電車は12月下旬まで走っているとのことです。 なお尾張旭市内にある印場駅が復活して25周年となることも記念してオリマス(=゚ω゚)ノ そして尾張旭市制50周年記念&印場駅復活25周年記念入場券セットというのも発売されて、僕は手に入れてきました(2枚目の写真)。 5枚で1セットとなって850円でした、尾張旭の前の駅名「旭新居」の入場券があったり、昔の駅舎の写真があったりしてとても懐かしいですね(●´ω`●) そしてこの記念入場券セットには市制記念券の引換券がついており、尾張旭駅からも見えるスカイワードあさひにて市制記念券と交換してくれます。それから入場券セットの5枚と市制記念券を合わせると尾張旭市制50周年のロゴマークが出来上がる仕組みとなっております(3枚目の写真) 尾張旭市は1970(昭和45)年12月1日に東春日井郡旭町から尾張旭市へと市制施行されて今年で50年目となります。 色々な記念イベントを計画していたようですが、コロナ禍で中止になったものもありました。 そして印場駅は1905(明治38)年4月2日に開業して、1944(昭和19)年に休止となりました。その後1969(昭和44)年4月5日に廃止となりますが、1995(平成7)年12月22日に旧駅の位置よりやや西寄りの所に復活して現在に至ります。 それにしても印場駅が復活したのはついこの間だと思っていたら25年経過していたとはびっくりでしたΣ(・ω・ノ)ノ! 緑が多くて住みやすい我がふるさと尾張旭市でゴザイマス、これからも住みやすい街づくりを進めていただきたいものですね(●^o^●)
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2020年12月08日 21:19 コメント 16 件 彦根のアイドルに会いました(=゚ω゚)ノ
今日のブログは、二本立てにさせていただきましょう\(^o^)/ 彦根城の天守閣を久々に見てきたうえに、彦根のアイドルにもあってまいりました(^^♪ そのアイドルとは、彦根のゆるキャラである「ひこにゃん」でゴザイマス(●^o^●) 動くひこにゃんをナマで見たのは初めてですけど可愛かったですよん♪ 仕事に行った2日間ともひこにゃんに会ってきました。ちなみに今回の添付写真は1枚目と2枚目は彦根城天守閣前で、3枚目は彦根城博物館です。 ひこにゃんは毎日彦根城下のどこかに出没しているようです。 そのスケジュールはひこにゃんの公式サイトがあるので、会うためには確認をして時間をあわせることが可能です。 他の場所にも登場する時があるので、それも公式サイトで確かめることができます(=゚ω゚)ノ ひこにゃんは2007(平成19)年開催された「国宝・彦根城築城400年祭」を㏚するために2006(平成18)年4月13日に登場しました。ちなみにこの日はひこにゃんの誕生日となっていて、ひこにゃんの特別住民票を公式サイトで見ることができます。 ひこにゃんのモデルは招き猫だそうで、この招き猫というのは彦根藩井伊家2代目当主である井伊直政公をお寺の門前で手招きをして雷雨から救ったと伝えられる招き猫なのです。 その招き猫が井伊軍団のシンボルである赤備えの兜をかぶったキャラクターがひこにゃんなのです!(^^)! 彦根城下町に行く時はひこにゃんの公式サイトで登場場所と時間を確認して合わせて会いに行ってみるのもいいかもしれませんね。 この時も時間を合わせて会いに来た人が結構いらっしゃいました。 また彦根城に行く機会があったときは、ひこにゃんに会えるタイミングで来ることが出来ればいいなぁと思う今日この頃です(●^o^●)
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